登山のコーチングで大切なことは、技術や知識を一方的に「教える(Teaching)」ことではなく、初心者自身が「考え」「判断し」「安全に行動できる」ように導く(Coaching)ことです。特に重要な心構えは、以下の3点に集約されます。
1. 問いかけ(Why? & How?)
「指示・命令」ではなく「質問」を使います。 人は「~しろ」と言われるよりも、自分で考えた答えの方を実行しやすくなります。
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悪い例: 「その服(綿)はダメ。化学繊維を着て。」
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良い例: 「その服で汗をかいて、山頂で風に吹かれたら、どうなると思う?」
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→ 初心者自身が「汗冷えで寒くなる(危険だ)」と気づくのを助けます。
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悪い例: 「速すぎる!ペースを落として!」
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良い例: 「今のペースで、あと3時間歩き続けられそう? 呼吸はどう?」
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→ 自分の体力とペースが合っていないことに気づかせます。
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2. リスクの「自分ごと化」
「なぜそれが必要か(危険か)」を、初心者が直面しうる具体的なリスクと結びつけます。
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例(ヘッドランプ):
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「日帰りでもヘッドランプは必須だよ。もし君が足をくじいて、下山が3時間遅れたらどうなる?」
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→ 「暗闇で動けなくなる」という具体的なイメージを持たせ、「自分を守るために必要だ」と理解させます。
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例(撤退判断):
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「今の時間と、日の入りの時間、下山にかかる時間を考えると、山頂に行ったらどうなると思う?」
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→ 「暗くなる前に下山できない」という答えを本人に導き出させ、「中止=失敗」ではなく「安全に帰るための最良の判断」だと理解させます。
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3. ペースと体感の尊重
コーチ(経験者)の「当たり前」を押し付けません。
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体力を合わせない: 初心者が経験者のペースに無理に合わせると、必ずバテてしまいます。常に初心者の「呼吸が乱れていないか」「会話ができるか」を確認し、初心者のペースを基準にします。
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体感を言語化させる: 「疲れた?」「大丈夫?」だけでなく、「どこの筋肉が疲れてる?」「足のどこが痛い?」と具体的に聞きます。
→ 「ふくらはぎが痛い」なら「歩幅が大きすぎるか、つま先で蹴っている証拠だね。足の裏全体で踏んでみようか」と、具体的な改善策につなげられます。
登山のコーチングのゴールは、「あなた(経験者)がいないと登れない人」を作ることではありません。「あなたがいなくても、次(将来)の山行で初心者自身が安全な計画を立て、正しい判断をし、生きて帰ってこられる人」を育てること。そのために、問いかけを通じて「考える力」と「判断力」を養うサポートをすることが、最も大切なことです。
以下、具体例です。
1.計画準備フェーズ
例3:コースタイム
「この山のコースタイムは5時間だけど、初心者は1.5倍の7.5時間くらいかかると見積もっておこう。」
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悪い例(指示): 「初心者はコースタイムの1.5倍で計画して。じゃないと間に合わないから。」
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良い例(コーチング):
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経験者: 「この地図のコースタイムは『5時間』って書いてあるね。これ、どんな人が歩く時間だと思う?」
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初心者: 「うーん、普通の人ですかね?」
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経験者: 「実はこれ、休憩なしで、ある程度体力がある人が歩く目安なんだ。私たちが実際に歩くと、どれくらいかかりそうかな?」
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初心者: 「休憩もするし、写真も撮りたいから…6時間くらい?」
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経験者: 「そうだね。それに、もし途中でバテたり、道が分かりにくかったら? 初めての山だし、安全のために『1.5倍』、つまり7時間半くらいかかると想定しておくと、心にも時間にも余裕が生まれないかな?」
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初心者: 「確かに。ギリギリだと焦りそうです。」
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経験者: 「そう。焦ると怪我の元だからね。じゃあ、7時間半で行動計画を立ててみようか。」
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例4:天気図
「山の天気は変わりやすいから、登山口と山頂の天気を両方チェックする癖をつけよう。C判定の日は中止する勇気も大事だよ。」
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悪い例(指示): 「C判定だから中止。Cはダメって決まってるから。」
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良い例(コーチング):
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経験者: 「週末の山の天気予報、どうだった?」
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初心者: 「それが、C判定(登山には適さない)でした。でも、街の天気は晴れで…」
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経験者: 「いいところに気づいたね。なんで街と山でこんなに予報が違うと思う?」
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初心者: 「標高が高いから…風が強いとか?」
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経験者: 「大正解。C判定の『危険性』って、具体的に何が起こると思う? 例えば『風速15m』って書いてあるけど、これって立っていられるかな?」
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初心者: 「うーん、想像つかないです…」
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経験者: 「(スマホで動画など見せながら)風速15mって、こんな感じで体が持っていかれそうになるんだ。雨が降ったら、夏でも体温が奪われて動けなくなる危険もある。この状況で、私たちは安全に楽しめそうかな?」
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初心者: 「…厳しそうですね。今回はやめておいた方が良さそう。」
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経験者: 「良い判断だと思うよ。**『中止する勇気』**も登山の立派なスキルだからね。じゃあ、代わりに安全な別のプランを考えようか。」
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2.装備フェーズ
例8:服装(レイヤリング)
「服装は『レイヤリング(重ね着)』が基本。綿のTシャツは乾かなくて危険だから、化学繊維の速乾性インナーを選んで。」
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悪い例(指示): 「綿はダメ。化学繊維のシャツを買ってきて。」
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良い例(コーチング):
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経験者: 「登山のインナー(肌着)、どんなの持ってく予定?」
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初心者: 「運動用の綿のTシャツで行こうかなと。」
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経験者: 「OK。じゃあちょっと想像してみて。頑張って登って、汗をびっしょりかいたとする。そのTシャツはどうなる?」
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初心者: 「濡れますね。」
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経験者: 「そうだね。綿って、乾くのがすごく遅いんだ。濡れたTシャツを着たまま、山頂で風に吹かれたら、体はどうなると思う?」
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初心者: 「……すごく寒そう。」
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経験者: 「そう。それが**『汗冷え』**。夏でも低体温症になって動けなくなる、山で一番怖いことの一つなんだ。だから、汗をかいてもすぐ乾く『化学繊維』か『ウール』のインナーが必須なんだよ。ちょっと高いけど、命を守る保険だと思って選んでみない?」
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3.行動中(歩行・休憩)
例16:スタート時のペース
「最初は『ちょっと遅すぎるかな?』と思うくらいのゆっくりしたペースで歩こう。絶対に飛ばさないで。」
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悪い例(指示): 「速すぎる!もっとゆっくり歩いて!」
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良い例(コーチング):
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(スタート直後、意図的に初心者に先行させる)
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経験者: 「(5分後、追いついて)どう? 今、呼吸の感じは?」
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初心者: 「(ハアハア)ちょっと、息が上がってます…」
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経験者: 「だよね。今、平地と同じ感覚で歩いてると思う。登山のコツは**『おじいちゃんみたいに歩く』**ことなんだ(笑)。」
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初心者: 「え?」
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経験者: 「このペースで5時間、歩き続けられるかな?」
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初心者: 「…無理です。」
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経験者: 「OK。じゃあ、**『息が切れず、隣の人と会話が続けられる』**ペースまで、思い切って落としてみよう。僕の後ろについてきて。どう? このくらいなら話せる?」
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初心者: 「あ、これなら楽です。」
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経験者: 「この『楽なペース』を維持するのが、結果的に一番速く、安全に登れるコツなんだ。自分の『楽なペース』の感覚、覚えておいてね。」
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例20&21:歩幅・足の置き方
「大股で歩くとすぐバテるよ。歩幅は小さく、一歩一歩、確実に登ろう。」 「足の裏全体を地面につける『フラットフッティング』を意識して。つま先だけで登ると、ふくらはぎがすぐ疲れるよ。」
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悪い例(指示): 「大股ダメ!フラットフッティングして!」
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良い例(コーチング):
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経験者: 「ちょっとお疲れモードになってきたね。今、どこの筋肉が一番疲れてる?」
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初心者: 「太ももの前と、ふくらはぎがパンパンです…」
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経験者: 「OK、それはエネルギーの使い方がもったいないサインだね。多分、今、大きな段差を『よいしょ』って登ってない?」
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初心者: 「(ドキッ)はい。」
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経験者: 「ちょっと歩き方を変えてみよう。大股で段差を登るんじゃなくて、歩幅を半分にして、**足の裏全体(かかとから土踏まずまで)**で地面を『踏む』感じで歩いてみて。つま先で蹴らないで。」
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(一緒に数歩、実践する)
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経験者: 「どう? さっきと疲れ方が違わない?」
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初心者: 「あ、ふくらはぎが楽かも。お尻の筋肉を使ってる感じがします。」
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経験者: 「それ! 太ももやふくらはぎみたいな小さな筋肉じゃなく、お尻や体幹の大きな筋肉を使うのが、疲れにくい歩き方なんだよ。」
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例23&31:休憩のタイミング・水分の摂り方
「『疲れた』と感じる前に、50分歩いたら5分休む、みたいに時間を決めて休憩(小休止)を取ろう。」 「『喉が渇いた』と感じる前に、こまめに一口ずつ飲むのがコツ。休憩のたびに必ず飲もう。」
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悪い例(指示): 「喉が渇く前に飲んで。50分に1回休むよ。」
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良い例(コーチング):
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経験者: 「(歩き始めて30分)どう? 喉渇いてる?」
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初心者: 「いえ、まだ大丈夫です。」
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経験者: 「OK。山では**『喉が渇いた』と感じた時は、もう脱水が始まってるサイン**なんだ。だから、渇きを感じる前に、今、一口飲んでみようか。」
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(水を飲む)
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経験者: 「休憩も同じで、『疲れた』と感じてから休むと、回復に時間がかかる。だから『疲れる前に休む』のが大事。あの景色のいいところまで行ったら、5分だけ休もうか。」
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(休憩中)
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経験者: 「どう? 疲れる前に休むと、リスタートが楽じゃない?」
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初心者: 「はい。いつもはヘトヘトになってから休んでました。」
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経験者: 「この『早め早めの水分補給と休憩』が、バテないための秘訣だよ。」
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